操られていて何が悪い。小説『恋する寄生虫』三秋縋 感想レビュー

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こんにちは‼

あっしゅ@oborerublogです。

「あなたの恋は操り人形の恋にしか過ぎない。」

そういわれてあなたは否定することができますか?今回ご紹介するのはそんな奇妙で美しい作品。

三秋縋さん描く、小説『恋する寄生虫』を読んだので感想を書き殴りたいと思います。

ざっくり感想はこんな感じ。

  • 社会不適合な二人の関係性
  • 偽物の気持ちとの葛藤
  • 幸せの絶頂で最期を迎える
  • 寄生虫と言っても、グロい描写はない
  • ヒロインの選択と結末を受け入れられないかもしれない

注目を浴び、漫画化もされた至高の一冊。

操られたらいけないのか。偽物の幸福は失わなければならないのか。考えだしたら止まらなくなります。

今まで読んだ小説の中でも屈指の名作。文句のつけようがないほど美しい。

「小説を紹介してほしい」と言われたら必ず挙げます。

控えめに言って、人生の宝物。

ネタバレあります。ご容赦ください。

小説『恋する寄生虫』とは?

描くのは三秋縋さん@everb1ue

他の代表作はこんな感じ。

  • 『三日間の幸福』
  • 『スターティング・オーヴァー』
  • 『君の話』

などなど、数々の作品を生み出している作家さん。小説というよりはライトノベルよりの作品が多め。

内容はなかなか重いはずなのにサクサクと読むことができて、日ごろから読書する習慣のない僕でも一日で読めてしまうほど。


裏表紙のあらすじが仕事しすぎで、ネタバレと言わんばかりの情報量。

しおんさん@shionnn_kの描く表紙のイラストも素敵ですよね。

僕がこの作品を手に取り購入した理由は『三日間の幸福』を読んでいて三秋さんの存在を知っていたというのもあります。

自分の人生はいくらで売れる?「三日間の幸福」三秋縋 感想 
自分の人生に値段をつけてみてください。なかなか、難しいですよね。この小説を読むと、そういったことを考えるいいきっかけになるかもしれません。自分の人生は幸福か?今までは?これからは?

ただ、それ以上に『恋する寄生虫』という奇妙な不気味さを潜ませたタイトルと雪の中で佇む女子高生の今にも消えてしまいそうな儚さを放つ表紙に惹かれてしまいました。

僕も雪の降る日の公園で白い息を吐く女子高生に出会う人生が欲しかった。

タイトル・表紙・内容、全てが完璧。

潔癖症の青年と視線恐怖症の少女

三秋さんの描く物語は必ずと言っていいほど社会不適合者が登場します。

『恋する寄生虫』に関しては社会に溶け込めない上に、強迫性障害というものに主人公もヒロインも襲われています。

  • 潔癖症で失業中の青年:高坂
  • 視線恐怖症で不登校の少女:佐薙

不安だったりこだわりだったりするものが、日常生活にも影響を及ぼしてしまう。それが強迫性障害です。

潔癖症ならテレビの掃除番組とかに『掃除のプロフェショナル』的な立ち位置で出てますよね。

「汚いものは許せない」など発言していますが、これは強迫性障害ではありません。あくまでも綺麗好きの延長。

高坂の潔癖症は完全に度が違います。

  • 一日百回の手洗いで皮膚が血で滲む
  • 彼女の手作り料理を嘔吐
  • 飲み会の後は四時間シャワー

これで人らしく生きていくことができるのだろうか?答えは言うまでもなくNoだ。

読んでいても、生きていくことの辛さが伝わってくる。

要するに僕は人間に向いていないのだ。

社会に溶け込みたいという気持ちがあってもスタートラインにすら立てない苦しみ。自分の部屋が汚すぎて放棄し、和室で生活している高坂の対極とも言える僕には一生理解できることではない。

高坂だけではなく、佐薙も同様。

「人と話すときは目を合わせる」教育の場では耳が痛くなるくらい聞く言葉ですが、それが佐薙はそれができない。

自分が存在するという感覚を抑制するためにヘッドフォンをしなければ歩くことも叶わないほどに。

僕は非常に無知でこの二人の症状は小説の中だけのものだと勝手に解釈していました。しかし、現実世界では決して珍しい症状ではないようですね。

微分積分の前にこういうことを学生時代に学ぶべきだったと思ってしまうのは僕だけでしょうか。

——自分には、一生、伴侶と呼べる相手ができないんじゃないか。

——自分はこのまま、誰と愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。

——自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか。

そんな生きることに対して絶望的な二人だからこそ、結末の美しさがより輝きを大きくしてしまうのだと感じました。

ビルの光に包まれる都会から見る星よりも真っ暗な田舎から見る星の方が綺麗に見える法則に似ている気がします。

不幸な境遇だったからこそ幸福の輝きは増す。

操り人形の恋

社会に溶け込めず苦しむ佐薙と高坂は出会い恋に落ちました。出会いはそれだけではなく二人の強迫観念をも和らげることにも繋がった。めでたしめでたし、と願いたかった。

しかし、その原因は二人の頭に棲みつく寄生虫。物語は全て〈虫〉によるもの。

  1. 〈虫〉が二人を惹かれ逢わせた
  2. 〈虫〉が恋に落とした
  3. 〈虫〉が強迫観念を抑制した
  4. 〈虫〉を除去したから佐薙自ら命を落とした

自分の生活も行動も恋心さえも〈虫〉の影響。実際にそんな〈虫〉はいません。全て三秋さんの創作です。

ありえないと、思いつつも僕の頭の中をある考えが悩ませました。

「まだ、発見されていないだけかもしれない。本当はまだ確認されていないだけで〈虫〉は存在るんじゃないか?」

知り合いにこんな考えを晒しても笑われるだけです。でも、『恋する寄生虫』を読んでくれた方なら僕の気持ちも少しは理解してくれるような気がします。

トキソプラズマという寄生虫は人の行動に影響を与える。そんな話もあるくらいだから人に恋をさせる〈虫〉もいるのではないか。

読後、僕はそんなことばかり考えていました。

もしも、事実だったと仮定しましょう。全世界の人は恋をするとき〈虫〉に操られている。

自分の気持ちが偽物でもあなたは心の底から幸せと言うことができますか?

佐薙の意見は反論のできないくらい説得力があったように思えます。

「紛いものの恋の何が悪いの?幸せでいられるなら、私は傀儡のままで一向に構わない。〈虫〉は、私にはできなかったことをやってみせたの。私に、人を好きになることを教えてくれたの。どうしてその恩人をころさないといけないの?私は操り糸の存在を知った上で、それにあえて身を任せているんだよ。これが自分の意志でなくてなんだっていうの?」

僕はまぁこのまま生きていても恋をすることはできない気がするので、偽物でも何でもいいから恋をさせてくれないか?と、思ってしまいました。

こんなありえない事実が明らかになったら世の中のカップルたちは発狂するだろうな。

そんな妄想を楽しそうにしている僕は最低な人間だと、より自分が嫌いになりそうです。

操り人形の恋でも幸せですか?

フタゴムシと比翼の鳥

二人を惹き合せた〈虫〉はまるで作中冒頭で話されたフタゴムシの生き方そのもの。

  • 蝶の形状
  • 終生交尾
  • 恋に寄生
  • 恋は盲目
  • 比翼の鳥

フタゴムシは鯉に寄生する。そして寄生に成功すると目玉を捨てる。

恋に寄生して、恋に盲目になる。寄生虫は人間よりもロマンチストなのかもしれない。

結合すると美しい蝶の形になり、最後までパートナーを見捨てない。それを終生交尾と呼び、二度と離さない。無理に引きはがそうとすると命を落とす。

そんなフタゴムシの生態を佐薙から聞いた高坂は比翼の鳥を連想していました。

比翼の鳥とは中国における空想上の鳥。雌雄それぞれが目と翼が一つずつしかないため、二羽が一体になって飛ぶというもの。三位一体ではなく、二羽一体。

根元が別々の木が途中で交わり木目が重なる連理の枝と一緒に比翼連理という言い方もします。

男女の仲が良いことを表すときに『比翼連理』と用いられるそう。

フタゴムシのような生き方って理想的。目玉は捨てたくないけど。浮気者には『恋する寄生虫』を読ませた方が良さそうですね。

比翼連理の仲って羨ましい。

現在への全面的没入

高坂と佐薙が強迫観念のリハビリをしているときの会話で興味深いものがありました。

動物にの意識には過去も未来もなくて、ただ現在だけがあるんだって。

過去の苦悩は経験としてしか蓄積されず、苦悩そのものとしては思い起こされない。あるのは今、この瞬間だけ。

これを『現在への全面的没入』と佐薙は言っていました。

未来に希望を抱くこともなく、過去に絶望し沈むこともない。常に穏やかな状態を保つことができる。

逆を言ってしまうと楽しかった出来事も「あの時は楽しかったなぁ」と楽しさ自体思い出すこともできず、あくまでも楽しかったこととしてしか蓄積されていません。

僕はここ読んだとき超記憶症候群、ハイパーサイメシアと言われる人のことが思い浮かびました。

超記憶症候群の人は数年前の朝ごはんや着ていた服、どんな些細なことも記憶し思い出すことができる。

『現在への全面的没入』とは対極にあると言えます。喜びも悲しみも過去に感じたものをそのままに保存する。

忘れたい過去も絶対に忘れることはできない。控えめに言って地獄。

過度なストレスがかかるため、超記憶症候群の人には強迫性障害のような症状がみられるそうです。

僕らは『現在への全面的没入』の動物と強迫性障害を抱える超記憶症候群の人との間にいると考えられますね。

常に心静かなのも驚異的な記憶力も同じくらい魅力的ですが代償を考えると安直になりたいなどとは言えません。

要するにバランスが大事ってことです。

っていうか、ショーペンハウアーを読んでる女子高生ってかっこ良過ぎかよ。

心静かに生きていたいものです。

結末とその後

  1. 高坂と佐薙がキス
  2. 互いの〈虫〉が交尾
  3. 高坂の身体には耐薬寄生虫が生まれる
  4. 佐薙の〈虫〉には変化がなく薬によって全滅
  5. 〈虫〉を失った佐薙は最期を迎える

強迫観念をもたらし操り人形の恋をさせた〈虫〉は排除するべき敵ではなく宿主の苦悩を喰らってくれる味方だった。

つまり、薬を使って〈虫〉を滅ぼすことは宿主にとって致命傷。

高坂は奇跡的に耐薬寄生虫が生まれて、全滅は免れたため生きていくことができた。

結局、〈虫〉と共存するしか生きる道は残されていない。

人は頭だけで恋するわけではない。目で恋をしたり、耳で恋をしたり、指先で恋をしたりする。それならば、僕が〈虫〉で恋をしたって、何もおかしくはない。

誰にも、文句は言わせない。

しかし、佐薙はそういうわけにはいかなかった。

苦悩を喰らっていた〈虫〉がいなくなったことで佐薙は溢れる苦悩を止められず、自ら命を絶つ選択から逃れられない。

傍から見たら、どうみてもバッドエンド。

だが、ひとつ間違いなく証明できたことがあります。

私たちは、〈虫〉なんかに頼らなくても、愛し合うことができた。

それは、私が〈虫〉を失わなければ、絶対に証明できなかったことなのだ。

一方から〈虫〉がいなくなれば宿主が互いに惹かれ逢うことはない。

それでも佐薙は高坂のことを想い、高坂は佐薙のことを想い続けていた。二人は〈虫〉がいなくても愛があると証明した。

最後の最期で佐薙は視線恐怖で恐れ憎んだ世界に反撃できたように思う。

そして、愛し愛された人の隣で眠る。

完璧な勝ち逃げ。これ以上のハッピーエンドがどこにあるでしょうか。

僕の理想的な最後をついに見つけてしまいました。

ここで懸念されるべきは高坂の方。物語はここで終わってしまうので読み手が想像するしかありません。

最後に関して言えば、『君の話』に似た部分があると思います。

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高坂は佐薙が自分同様生き残ることができるとまだ思っているので、すぐ訪れるであろう佐薙の最期をどう受け止めるでしょうか?

裏切られたと思うのか自分を置いて逃げたと思うのか。

どちらでもないでしょう。いなくなった理由を考えれば答えに辿り着くはずです。偽物の恋なんかではなく本物の愛だということに。

潔癖症で失業者の青年と視線恐怖症で不登校になった少女が不幸の中に幸せを見出した。

『恋する寄生虫』はただそれだけの美しい物語。

寄生虫の恋ではないと証明した。

ついに漫画化!全三巻

この素晴らしい小説がなんと漫画となりました。

視覚でも楽しめるようになり、世界観が分かりやすくなるので少し難しい寄生虫の話もスッと頭の中に入ってくると思います。

個人的にイラストが好みです(´艸`*)

サッと内容知りたい方におすすめ!

まとめ

最初から最後まで文句の付け所の無い完璧な作品。

『三日間の幸福』を読み終えた時も充分すぎるくらいの衝撃でしたが、それを上回ってきました。

『恋する寄生虫』を読んでからというもの、完全に三秋縋中毒になっています。

世界に絶望すればするほど、この小説が僕の目には輝いて見えてしまう。

不幸の中で幸せをつかむ。三秋縋さんという小説家について熱く語りたい。
みなさん最近は読書はしていますか?今、いろんなことで溢れかえっているこの社会で疲れてしまっているあなたへ。三秋縋さんという小説家をご紹介したいと思います。『三日間の幸福』や『恋する寄生虫』など素晴らしい作品をいくつも出している方です。読んだことがない人はぜひ1冊、手に取ってみてください。

高坂と佐薙が訪れた『目黒寄生虫博物館』に行ってみたい。だがしかし、作中でも語られたようにデートスポットになっている。

なんてこった。

誰でもいいから一緒に行きましょう。連絡待ってます。

完全無欠な人生の一冊。

最後に

目黒寄生虫博物館、行けると良いな。

 

最後まで読んでくれてありがとね。あっしゅ@oborerublogでした。

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