打ちつける雨の音を聴きながらビールが飲みたい。小説『言の葉の庭』新海誠 感想・書評

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BOOKS

こんにちは!

Ash(アッシュ)@oborerublogです。

雨で靴が濡れるのは嫌いだけど、雨音に耳を傾けるのは好き。そんな感覚を持っている人に読んでほしい一冊。

新海誠さんが描く小説『言の葉の庭』を読んだので感想を書き殴ります。

読むなら映画→小説の順番がおすすめ。

  • 雨が逢わせる光の庭での名前も知らない二人の関係
  • 映画で一瞬しか登場しなかった人物にも焦点が当てられる
  • 小説にしか出てこない引用などの理解が難しい
  • 簡潔なストーリーとは言えない

読後、雨上がりのようなすっきりとした気持ちになった気がする。

”恋”よりも昔、”孤悲”の物語

言の葉の庭 靴

新海誠さんと言えば、今となっては説明のいらない人物ですね。

  • 『君の名は』
  • 『天気の子』
  • 『秒速5センチメートル』

いくつもの有名作品を手掛けてきた監督さん。その中でも『”恋”よりも昔、”孤悲”のものがたり』をキャッチコピーとして描かれた『言の葉の庭』。

あらすじ

  1. 靴職人を目指すタカオと古典教師のユキノが雨の日の公園で出逢う
  2. 雨の日は同じ場所で顔を合わせ徐々に打ち解けていく
  3. ユキノが教師を辞めることを知り、想いを伝え合う

映画を観てから小説を読んだ方が断然いいです。映画は40分と短いのでサクッと観るのにオススメ。観終わってもっと深く知りたいとか周りの人たちのことも気になるという方は小説も読んでみてください。

映画はサクッと、小説はじっくり。

名前も知らない2人

この作品の醍醐味はなんといっても雨の日の東屋で過ごす2人だけの空間。

  • お互いに名前を知らない
  • 雨の日なら逢えるという確信

これらの要素が儚くも惹かれる『光の庭』を創り出している。映画を先に観ているので最初から美しいなんてことは分かってるけども、加えて言葉による情景や心の動きなんかも表現されて頭の中で完璧な風景が出来上がってしまう。

「どうせ人間なんて、みんなどっかちょっとずつおかしいんだから」

雪野百香里

孝雄は靴の勉強というプラスの感情で来ているけど、雪野はイジメで学校に行けないというマイナスの感情で東屋に来ている。子どもの孝雄はずっと大人びていて、大人のはずの雪野の方が子どもっぽいという対照的で差を感じる構図もより二人のキャラクターや性格をより際立たせていた。

高校生でもなく大人でもない大学生という身分である僕はなんとなくどちらの気持ちもわかる気がする。でもそれは所詮、分かる気がするだけ。気付いたら自主休講している大学生活と違って高校生のときは学校をサボるなんてことはしなかったし、考えもしなかった。

別に酒とチョコレートを嗜む女性教師との出会いを求めているわけではないけど、バカ真面目な高校生活から抜け出してみてもよかったなと今になって思ったりする。まぁ、それは多分ただのよくサボる奴っていうだけなんだろうけどね。

禁断の恋のはずなのに、二人の美しさよ…

視点がひとつじゃない

映画小説という順番で観て読んでみると(この人の視点まであるのか…)と少しだけ驚く。美しさが前面に出ていた映画に対して小説は各キャラの過去や性格・考え方が読み取れるようになる。

一瞬しか登場しなかったはずの人にも当然人生があって、それが露わになることでどこか平面的だった物語に奥行きと立体感が生まれた掘り下げるといろんな人がいろんな場所で関わっているわけだけど、雪野の元・恋人だった伊藤先生なんかはすごくふつーの人だなと思ってしまった。

今でもなんら変わらぬ強さでそう思っているのに、俺は嘘みたいに簡単に百香里の手を離してしまった。自分では全く気付かぬうち間に、なにかが永遠に失われてしまった。

雪野に魅かれ一度は手を握るも、事件が起きてその手を離してしまう。自分が大事だったから。そんなものだよね人って。自分のことが大事で大好きで本当の意味で自分を犠牲にできる人なんてまずいない。

孝雄のように手を離さないというのは存外難しい。その”できる”か”できない”かの差が物語では主人公かモブキャラかという大きな差になってしまうんだなぁ。

「時間かけて押しまくれば落ちるタイプだと俺は思うよ。男がいないと駄目って顔してんじゃん、あのおばさん」

雪野に手を出そうとした牧野のような人間は僕の高校時代を思い返すと(そんな奴もいたなぁ…)と具体的に記憶から掘り起こすことができます。僕の友達の中には異性を欲を満たすモノとしてしか見ていないようなとても同じ世界で生きているとは思えないヤツがいる。そういうヤツに限って顔も良いしムードメーカー的な存在だからタチが悪い。

「そんなことしてるといつか後ろから刺されるぞ」と会うたびに釘を刺している。だから、読んでいて胸くそ悪いだとか不快に感じる人物も現実に当てはめてみると意外といるよなこんなヤツとか思ったりする。ただ一人、相澤祥子という人間を除いて。

じゃあ、今まで先輩を全力で好きでいたのとおんなじ強さで、わたしはただ、雪野先生を全力で憎めばいいのだ。

意外と女の子のに内面を余すことなく全てを男にも見えるように現すとこんなものなのだろうか?これが『恋は盲目』ということなのだとしたらそのまま失明してしまえと思う。

ほかの登場人物は丸ごと教官できなくても、ざっくりとは分かるなぁくらいの感覚で読めていた。でも、相澤祥子という人間に関しては全く言動が理解できなかった。

「どうかな。十代の目標なんて三日で変わるから」

秋月翔

孝雄の兄、翔の言葉は的を得ているのかもしれない。

一人ひとりに焦点が当たって、物語に奥行きが生まれる。

温かい秋月家

靴職人を目指すために留学し、一途に雪野のことを想い続ける。

行動力も精神力もかっこよすぎる。輝いている。歩いてる人生が輝きすぎて目が眩む。

ただ、その支えとなったのは秋月家だと思います。個性が強くても喧嘩ばかりしていても息子の留学のためにパーティーを開ける家族は素晴らしいの一言に尽きる。

「——ありがとう。行ってきます」

意志に満ちた声で、息子が言う。

「ありがとう」も「行ってきます」も単体では日常でよく使う言葉の部類だと思う。ただ、これを同時に使おうと思うと難易度が格段に上がる気がする。多分、僕には一生無理。

心から感謝して、それを伝えたいという素直な気持ちがないと絶対に出てこない。まったく恐ろしい高校生だ。

やっぱり家族って大事。

まとめ

なるかみの すこしとよみて さしくもり

あめもふらんか きみをとどめん

 

なるかみの すこしとよみて ふらずとも

われはとまらん いもしとどめば

改めて考えると、生徒と先生なんて少女漫画とかに出てきそうなシチュエーション。いわば禁断の恋というやつだ。

なのに、二人の気持ちの一途で真っすぐなところを見ると間違いなどあるはずもない純愛のように感じさえする。

  • ふたりにしか創り出せない『光の庭』
  • 映画では描かれない一人ひとりの境遇
  • スッキリとした読後感

「新海監督の作品の中でなにが好き?」と聞かれたら僕は自信を持って『言の葉の庭』と答えます!

それくらい満足できた作品です。

雪野先生に古典を教わりたい人生だった。

最後に

酒とチョコレートは果たして逢うのだろうか?

 

最後まで読んでくれてありがとね。Ash(アッシュ)@oborerublogでした。

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